次山嘉一(Yoshikazu “Yoshi” Tsugiyama)
Daikanyama.eth | Boston, Massachusetts
私は、文化的な記憶を未来に残すために収集している。
私のコレクションは、現代アート、Ethereum-native art、NFT、トレーディングカード、その他の文化的な収集品にまたがる。
それぞれの分野には異なる歴史があり、所有の仕組みも、市場の構造も異なる。しかし、そこには共通する問いがある。
何が保存されるべき価値を持つのか。文化的な重要性はどのように生まれるのか。そして、一つの作品やモノ、あるいは思想は、どのように時代を超えて意味を持ち続けるのか。
私が関心を持つのは、誕生した瞬間の注目度ではなく、その時代が過ぎ去ったあとにも残るものである。
メディアの境界を超えて
私は、フィジカルアートとデジタルアートを対立するカテゴリーとして捉えていない。
作品がキャンバスに描かれているか、紙に印刷されているか、あるいはブロックチェーンと結びついているかという違いだけで、その文化的な重要性が決まるわけではない。
私が重視するのは、作品が持つ表現、歴史的な文脈、来歴、そして、それが生まれた文化との関係である。
Ethereum-native artは、私のコレクションにおいて特別な位置を占めている。
ブロックチェーンは、デジタルなトークンの所有や移転を記録し、取引履歴を公開し、作品を取り巻く新たなコミュニティを形成する仕組みをもたらした。それは芸術表現や流通の可能性を広げると同時に、真正性、永続性、所有権、価値についての新たな問いを生み出した。
しかし、NFTであるという事実だけで作品が重要になるわけではない。また、トークンの取引履歴が残ることと、作品そのものが永続的に保存されることは同義ではない。
私は、市場の熱狂が過ぎ去ったあとにも、歴史的な意味を持ち続ける可能性のあるアーティストや作品、コミュニティに関心を持っている。
XCOPYの作品や、The Doomed DAOをはじめとする初期のEthereumアートを取り巻く文化は、そうした関心の重要な対象である。
一方で、私の収集対象はデジタルの領域に限定されない。
現代アート、スポーツカード、その他のコレクタブルにも、それぞれ固有の歴史と文化的な背景がある。その価値は、芸術的な表現、社会的な影響、歴史的重要性、希少性、来歴、人々の記憶など、異なる要素の組み合わせによって形成される。
私はこれらを交換可能な投資商品としてではなく、それぞれの時代や文化を物語る、異なる形の記録として捉えている。
価値と時間
文化的な価値と市場価値は関係している。しかし、両者は同じものではない。
価格は、ある時点における市場の評価を示す。一方、歴史的な重要性が広く認識されるまでには、長い時間がかかることがある。
誕生と同時に熱狂的な支持を集めながら、やがて忘れ去られるものがある。その一方で、長く見過ごされてきたものが、後の世代によって再発見されることもある。
私はコレクターであると同時に、投資家としても、こうした価値形成の仕組みに関心を持っている。
供給量、来歴、所有構造、流動性、情報の非対称性。そして、文化資産が発見され、評価され、取引されるための技術やインフラの変化。
これらの要素を分析することは、私にとって収集活動の一部である。
ただし、希少であることが、必ずしも文化的な重要性を意味するわけではない。また、現在の市場価格が高いからといって、将来にわたって価値が維持される保証もない。
私は、市場が今日評価しているものと、未来の人々が記憶に残すものとの間に、どのような違いが生まれるのかを考え続けている。
時間の経過は、価値を失わせる要因であると同時に、価値を選別する過程でもある。
何が残り、何が忘れられるのか。
その答えは、短期的な価格の変動だけでは測れない。
所有することの責任
私にとって、収集は作品を手に入れた時点で完結するものではない。
所有するということには、その作品について理解し、可能な限り記録し、歴史的な文脈を未来へ伝えていく責任が伴うと考えている。
作品がどのように生まれ、誰によって制作され、どのような人々やコミュニティに受け入れられ、どのように流通してきたのか。
そうした来歴や背景は、作品そのものと同じくらい、長期的な意味を持つことがある。
特にデジタルアートでは、トークンがブロックチェーン上に残り続けても、作品データやメタデータ、それらを表示・利用するためのインフラまで存続するとは限らない。
だからこそ、作品の取得だけでなく、それを取り巻く技術、歴史、文化的な文脈を理解し、記録することが重要になる。
私は、DCOMA(Daikanyama Contemporary & Onchain Museum of Art) を通じて、現代アートやEthereum-native art、NFTアートの歴史をはじめとする文化資産の収集・調査・記録に取り組んでいる。
DCOMAは、私自身のコレクションと研究活動を基盤とする独立したアーカイブである。
その目的は、何かを所有している事実を誇示することではない。
私たちが生きる時代に、どのような表現や思想が生まれ、どのように評価されてきたのか。その痕跡を、できる限り未来に残すことである。
私は、歴史が最終的に何を評価するのかを、正確に予測できるとは考えていない。
だからこそ、観察を続け、自分自身の判断基準を持ち、必要であればその判断を更新していく。
静寂、孤独、忍耐、規律。
それらは私の収集活動を支える姿勢であり、マラソンやフライフィッシングを含む日々の活動にも共通している。
私は、目先の熱狂よりも長期的な観察を、周囲の評価よりも独立した判断を重視している。
私にとって収集とは、何を未来に残す価値があると考えるのかを、問い続ける行為である。
Collector Statement English Version
次山嘉一 / Yoshikazu Tsugiyama
Collector, Investor & Founder of DCOMA